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サラ・ワトキンス/Under the Pepper Tree ②-1
今現在、このアルバムの正式な国内盤は発売されていなくて、TOWERで入手できたのも日本語の短いコメントがついただけの帯のみの「海外盤仕様」ってやつで、きちんと解説・訳詞などが付いたものは発売されそうにないので、自分の為だけの「私用勝手に転載ライナーノーツ」です。転載させていただいた解説は能地 祐子さん。さすがに最高です。
訳詞や歌詞、youtube映像をNetから転載させていただいたページは「サラ・ワトキンス/Under the Pepper Tree ②-2」で。
サラ・ワトキンス/Under the Pepper Tree
能地 祐子
2021/03/29

これは、サラ・ワトキンス版『夜のシュミルソン』だ。(転載)
サラ・ワトキンスのニュー・アルバム『Under the Pepper Tree』。
ほとんどがカヴァー曲からなる本作を作ることを思い立ったのは、ちょうど1年ほど前、世界的にパンデミックが宣言されて、米国でもロックダウンが始まった頃だったという。家族で自宅にひきこもる初めての”巣ごもり”生活、いつ終わるともしれない不安な日々の中で、ふと、今までは考えたことのなかった“子供のためのアルバム“というコンセプトを思いついたのだという。
アートワークも、まさにステイ・ホーム=“巣ごもり”生活をあらわしている。
サラのお子さんはたしかまだ3歳か4歳だけど、ざわざわした世の中の異様な雰囲気は子供でも察していたにちがいない。そんな我が子を抱きしめ安心させてあげる時に、ママであるサラは歌を歌ってあげたり、音楽を聴かせたりしていたのだろうなぁと想像すると、彼女がこういうアルバムを作ろうと思い至るのはとても自然な流れに思えてくる。
初めての”子供のためのアルバム”…ということは、つまり初めての“母親として作る音楽”でもあるわけだ。
この作品に限らず、今までにも子供を持ち、親になったミュージシャンが作る”ララバイ・アルバム”の類の名盤は多かった。が、今回は、そういったアルバムとはちょっと違う。何が違うって、まず、時節柄の問題として切実さが違う。
サラ・ワトキンスだけではない。出口の見えない暗闇の中にいて、音楽を愛する人々がこれほど”音楽の力”を思い知った時代はないだろう。
不要不急なんかじゃない、音楽こそが私たちの痛みをやわらげ生命を救ってくれるのだ…と、この1年のあいだに何度思ったことか。生活の中に愛する音楽があることを、どれだけ感謝したかわからない。そして、この期間、私がもっとも感謝を捧げたい音楽の中には、サラが兄のショーンと出演した数々の配信イヴェントや、先月末に行われたニッケル・クリークの再結成2デイズ配信ライヴも含まれる。
彼女の包容力ある歌声や、ピュアな優しさに満ちたフィドルの音色はいかに偉大な癒し効果をもたらすのか。そのことが、皮肉にもコロナ禍という状況によってあらためて証明されることになった。
そうやって私たちを励ましてくれたサラが、母親として家族のために作ったアルバム。もう、想像しただけで最高でないはずがないではありませんか。ミシュラン級のシェフが自分の家族の記念日に心こめて作った料理をふるまってくれるようなものに違いない。と、今年はじめにアルバムの発売がアナウンスされ、最初のリード・トラックとして「Pure Imagination」のMVがYouTubeで公開された時から思っていた。
アルバムの1曲目を飾る「Pure Imagination(邦題: 夢のチョコレート工場)」は、映画『夢のチョコレート工場』(1971年)劇中歌のカヴァーで、後にジョニー・デップ主演のリメイク版でも使われた美しいバラードだ。アニメーション映画の一場面のような映像も美しい。ちなみに今作からのMVは、現時点ではすべてこのアート・ワークで統一されている。
この1曲だけで、たぶん今年のマイ・ベスト・アルバムになるだろうなーと思った。さすがサラ・ワトキンス。としか言いようがない。完璧。おやすみ前に読み聞かせる絵本のようなカヴァーだ。楽しい絵本は子供たちのものだが、そのかたわらで読み聞かせている大人たちの心も穏やかにしてくれる。美しいストリングスを配した、まるでミュージカル映画の始まりを告げるようなゴージャスなアレンジ。けっして今どきのお子様向け音楽ではない。けれど、クラシカルでドラマティックな、ある意味ちょっぴり大袈裟なイントロダクションは、いかにも夢と冒険にあふれたミュージカル映画の始まりのようで、いつの時代の子供たちもワクワクさせるだろう。
この曲に限らず、本作でもっとも印象的なのは彼女のヴォーカル。サラの歌声は、いつもとは少し違う。優しさ7割増。ここのところ、彼女の配信ライヴを見る機会が多かったので最近の声をよく聴いていて。それだけに、よけいに思うのかもしれないけれど。発声からして意識的に変えているのか、あるいは母親モードになると自然とこういう声になるのか。ぎゅっと抱きしめるような、ふわっと包みこむような優しさがたまらない。我が子を慈しむ優しい表情が浮かんでくるようなメルティング・ヴォイスに、オトナもとろけます。
「Night Singing」はサラの書いたオリジナル曲だが、最近の彼女が映画音楽をカヴァーしたらこうなる…みたいな雰囲気。収録曲のうち、短いインタールード的なタイトル曲と「Night Singing」の2曲がサラのオリジナル。それ以外はすべてカヴァー曲となる。
「夢のチョコレート工場」をはじめ『ピーター・パン』(1953年)の「右から二番目の星」、『わんわん物語』(1955年)の「ラ・ラ・ルー」、『メリー・ポピンズ』(1964年)の「ステイ・アウェイク」、『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)の「エーデルワイス」、そして「ムーン・リヴァー」や「星に願いを」まで入れると、ほとんどの曲がクラシック映画やミュージカルの主題歌や劇中歌。テーマや作り方としては"子供のためのアルバム"。かなりディズニー度の高い感じとかは、たしかに子供向けという意識かもしれない。でも、実質的には、アメリカーナ〜フォーク・アプローチによるグレイト・アメリカン・ソングブックだ。
選曲の基準として、彼女の言葉を借りると"昼から夜へと変わる時の心やすらぐ曲"を集めていったという。喧騒から夢の世界へ、あるいは混沌から安らぎへと誘い、家の中を喜びと安らぎで満たしてくれるようなアルバムが作りたかったそう。
最終的に選ばれたのは、時代を超えるスタンダード・ソングばかり。実際、その多くは、サラ自身も子供時代に聴いていた曲なのだという。そして自分が親になった今、振り返ってみると、その昔、イマジネーションをふくらませてそれらの曲を聞いた時の自分にはいつもマジックが起きていたことを思い出したという。その"マジック"を子供たちにも伝えたい…という思いは、たしかに作品全体から伝わってくる。
子供に聴かせるための曲を探して時代をさかのぼってゆく中で、子供時代の自分に再会する。その作業は、彼女自身にとって、現在の自分を育んだおおいなる想像力の源を見つめ直す旅でもあったのかもしれない。
本人の意図はわからないが、選曲やサウンドのコンセプト、そして何よりニルソンの「Blanket for a Sail」(77年のアルバム『クニルソン』収録)が選曲されていることから想像するに、このアルバムはニルソンの名盤『夜のシュミルソン』(1973年)を意識している…と思わずにはいられない。
プロデュースはタイラー・チェスター。サラとでチェスターとでほとんどの楽器を手がけている。1曲1曲それぞれに趣向がこらされていて、サラがさまざまなスタイルで多重コーラスを入れたりと細かいところも凝っているのだけれど、無駄な音はいっさい入っていない。それでいてゴージャスでもある。子供向け作品といいながらも、アコースティック・ベースをフィーチャーして淡々と歌われる「ムーン・リヴァー」や、レスポール・スタイルのジャズ・ギターが優雅なハープのようなフレーズも奏でる「星に願いを」などでは、年齢を重ねたサラのジャジーな一面も聴くことができたりして興味深い。
オールド・アメリカンなアコースティック楽器のノスタルジックな響きと、映画音楽やミュージカル風の格調高いアレンジの融合。あるいは、カントリーとジャズのさりげない交錯。そういうのはもともとサラらしい志向ではあるのだが、その、いろんなものの混じり具合も『夜のシュミルソン』度を高めている。
『夜のシュミルソン』というのは、長年、多くのミュージシャンに憧れられ、そのあとを追われ続けてきた究極のカヴァー・アルバムだが、あの世界を真似することは不可能だ。と思う。作品自体の出来の良し悪しとは関係なく、"シュミルソン感"は理屈では解き明かせない魔法みたいなものだから。
しかし、このアルバムに関しては、間違いなく何らかの"シュミルソン感"がある。アメリカの映画音楽やトラッド中心のアルバムなのに、最後はビートルズの「グッド・ナイト」で締めるあたりも、ちょっと”シュミルソン感”あるのでは?いや、単に"ニルソン感”なのかな。特に、あえて「グッド・ナイト」を選ぶひとひねりが好き。ひとひねりといえば、ニルソンの曲も「うわさの男」とかではなく「Blanket for a Sail」を選ぶあたりが本当に最高すぎる。
というわけで、少なくとも、私の中の"シュミルソン感"にかなり共鳴するアルバムだった。ということだけは今、ここに書き留めておきたい。
そして。このアルバムで特筆すべきことがもうひとつある。サラ・ワトキンスの人生にかかわるもっとも重要なふたつのバンドをそれぞれフィーチャーした2曲が収録されているのだ。その点では、現在はソロ活動がメインとなっているサラの、バンドとしてのスタンスも並列で紹介するような一面もある作品だ。
まず、ニッケル・クリーク。2月末にも久々の再結成ライヴを配信でおこなったが、レコーディング音源としては再結成アルバム『A Dotted Line』(2014年)以来。曲は、古くからジーン・オートリーらにも歌われてきたウエスタン・ナンバー「Blue Shadows on the trail」。
だが、サラが愛聴していたのは、1986年の映画『サボテン・ブラザーズ(原題: Three Amigos)』でのヴァージョンだという。なぜなら、ニッケル・クリークが天才子役バンドとして活躍していた若き時代、よく3人で『サボテン・ブラザーズ』を見ていたらしい。想像すると、めちゃかわいい図だ。そういえばクリス・シーリーも、このテの80年代コメディ映画にやたら詳しいし。彼らにとっては、ツアーに明け暮れる日々の中で見た"ちょっと古いコメディ映画"というのも大事なルーツのひとつなのかも。
もうひとつのバンドは、言うまでもない。イーファ・オドノヴァン、サラ・ジャロウズとのアコースティック・コーラス・トリオ、I'M WITH HERだ。カヴァー曲のセンスの抜群さは今さら言うまでもなく、そのプレイだけでなく選曲の意外性や、その原曲をちょっとひとひねりするアレンジのアイディアも含めておおいに楽しませてくれる。まさに三本の矢と言いますか、本当に無敵の3人。その彼女たちが本アルバムのために選んだのは、1935年にボブ・ノーランにより書かれ、ロイ・ロジャースのサンズ・オブ・パイオニアズが有名にした「Tumbling Tumbleweeds」。
ああ。もうやばいっす。ヴォイシングだけでなく音像までもが完璧に計算されたコーラスワーク。歌とコーラスとのコール&レスポンス。語りかけるようなサラのフィドル・ソロも、たまらなく魅力的。やっぱり、この3人でしか生まれないマジックがある。スペシャル感がすごい。
そういえばニッケル・クリークは先日の配信ライヴのついで(?)に久々のソングライティング・セッションをおこなったと話していた。新作を出す具体的な予定はまだないようだけど、近い将来きっとまた出してくれることだろう。I'M WITH HERも、このコロナ禍で時おり3人揃って(リモート・セッションだけど)変わらぬハーモニーを聴かせてくれたので、きっとまた新作の相談などもしているのでは…と期待。
アルバムの終盤ハイライトともいえる「You’ll Never Walk Alone」は、現在ではサッカーのアンセムとしてもおなじみだが、そういえばもともとはロジャース&ハマースタインのミュージカル『回転木馬』(1945)の劇中歌。そして昨年は、イギリスが発祥となり、コロナと闘う医療従事者、関係者に感謝と激励を送るテーマ・ソングとしても世界中に広まった。この先、この曲は2020年からのコロナ禍を思い出す時に浮かんでくる曲のひとつになるだろう。
アルバム自体は懐かしくもあり、新鮮でもあり、時代や流行に関係なくずっと聴かれ続けるであろうタイムレスな音楽性に貫かれているが、この曲のように、今、この時代ならではの明確なメッセージを放つ選曲もなされ、興味深い。
時代性といえばスティーヴン・フォスターの「Beautiful Dreamer」という曲にもまた、そんなトピカルな一面があるのかもしれない。幼少期に親に連れられてアメリカへやってきた不法移民の子供たちは、未来に夢を抱く"ドリーマー"と呼ばれている。トランプ政権以降、日本でもニュースを見ているとドリーマーという言葉をよく耳にするようになった。そんな若者たちへの思いや、パンデミックだけではなく多くの問題を抱えたアメリカの不安と混乱の時代に、アメリカ人の心の故郷のような曲を重ね合わせる。そこに、サラの祈りと願いを見る。
全曲すべて名演の傑作アルバム。
でも、この中でベスト・トラックをあげろと言われたら、私は迷わず4曲目の「エーデルワイス」をあげる。この曲では、途中からサラの愛息サムくんが登場するのだ。囁きまじりの優しいお母さんの歌声につられるように、まだちゃんと歌えないのに真似してむにゅむにゅしているようなカタコトの声が本当に本当に愛しくて、可愛くて、胸を締め付けられる。癒される。
このアルバムの素晴らしさを語り始めたら何文字でも語れるし、事実、もう5000字くらい書いてしまいましたが。実は、このサムくんの愛らしい声が聴けるわずかな一瞬だけで、アルバム全体の魅力も、サラ・ワトキンスがこの作品を作ろうと決めた思いというのも十二分に伝わるんじゃないかと思うのです。
というわけで、結論として"子供のためのアルバム"であると同時に、子供だったことがある人すべてにおすすめしたいアルバム。子供の頃、夜、寝る前にお母さんに絵本を読んでもらった時の幸福感や、ぎゅっと抱きしめてもらった時に感じた安心感はもう二度と経験できないけれど。あの感覚を思い出すことは、何歳になっても自分の心を落ち着かせてくれるのではないだろうか。聴くたびに冒険に出かけるようなわくわく気分になって、自分の心にマジックを呼びこんでくれた音楽は、いい大人になった自分にもまだまだ有効だ。とりわけ今の時代、私たちの生活を日々おびやかしている不安は、年齢を重ねたって、どんなエライ人になったって、忠実な部下が1000人いたとしても、愛人1万人いたとしても、誰も解決してくれないし、答えもわからないし、出口も見えない。そんな時は、子供の頃に感じた"マジック”を思い出させてくれるような音楽が何よりの味方になってくれるはず…と、昨年からずっとそんなことを考えている。
このアルバム、もちろん、じっくり聴くのも最高だけど。私の場合、寝落ち用ヘビロテ・アルバムでもあります。聴きながら寝落ちすると、本当に気持ちいいんです。よく眠れるんです。このアルバム、曲間ほぼなしなのですが、それもなにげに寝る時にばっちり。おすすめです。
ちなみに、サラ・ワトキンス本人はインスタグラムで、サンセット・タイムにグラス一杯のシャブリを楽しみながら聴くのがおすすめ…と書いていた。
いやー、それはまた、想像しただけで最高ですな。明日、晴れたら試してみよう。
おつかれ、じぶん!\(^^)/
みたいな感じで。
↓▼↓ご注意↓▼↓
なお、米国での発売日と同様に日本でも3月26日に輸入盤発売という話だったが、さっきタワレコのサイトを見たら日本流通仕様盤の発売は6月下旬から7月となっていた。そして、いちおご参考までに下記アマゾンのリンクを貼っておきますが、なんと、本稿執筆時点ではアマゾンでのCD発売予定日は2050年になっている(笑)。いずれにしてもフィジカルの発売は少し遅れているみたいなので、お買い上げの際はアマゾンやタワレコやユニオンのサイトをいろいろチェックしてみてください。ちなみに私はアナログ+サーモマグが海を渡っているところ…のはずだが、ここのところパンデミックの影響で日米間の郵便もけっこう遅延があるようなので気長に待ちます。※サブスクではもう聴けますよ。
訳詞や歌詞、youtube映像をNetから転載させていただいたページは「サラ・ワトキンス/Under the Pepper Tree ②-2」で。
サラ・ワトキンス/Under the Pepper Tree
能地 祐子
2021/03/29

これは、サラ・ワトキンス版『夜のシュミルソン』だ。(転載)
サラ・ワトキンスのニュー・アルバム『Under the Pepper Tree』。
ほとんどがカヴァー曲からなる本作を作ることを思い立ったのは、ちょうど1年ほど前、世界的にパンデミックが宣言されて、米国でもロックダウンが始まった頃だったという。家族で自宅にひきこもる初めての”巣ごもり”生活、いつ終わるともしれない不安な日々の中で、ふと、今までは考えたことのなかった“子供のためのアルバム“というコンセプトを思いついたのだという。
アートワークも、まさにステイ・ホーム=“巣ごもり”生活をあらわしている。
サラのお子さんはたしかまだ3歳か4歳だけど、ざわざわした世の中の異様な雰囲気は子供でも察していたにちがいない。そんな我が子を抱きしめ安心させてあげる時に、ママであるサラは歌を歌ってあげたり、音楽を聴かせたりしていたのだろうなぁと想像すると、彼女がこういうアルバムを作ろうと思い至るのはとても自然な流れに思えてくる。
初めての”子供のためのアルバム”…ということは、つまり初めての“母親として作る音楽”でもあるわけだ。
この作品に限らず、今までにも子供を持ち、親になったミュージシャンが作る”ララバイ・アルバム”の類の名盤は多かった。が、今回は、そういったアルバムとはちょっと違う。何が違うって、まず、時節柄の問題として切実さが違う。
サラ・ワトキンスだけではない。出口の見えない暗闇の中にいて、音楽を愛する人々がこれほど”音楽の力”を思い知った時代はないだろう。
不要不急なんかじゃない、音楽こそが私たちの痛みをやわらげ生命を救ってくれるのだ…と、この1年のあいだに何度思ったことか。生活の中に愛する音楽があることを、どれだけ感謝したかわからない。そして、この期間、私がもっとも感謝を捧げたい音楽の中には、サラが兄のショーンと出演した数々の配信イヴェントや、先月末に行われたニッケル・クリークの再結成2デイズ配信ライヴも含まれる。
彼女の包容力ある歌声や、ピュアな優しさに満ちたフィドルの音色はいかに偉大な癒し効果をもたらすのか。そのことが、皮肉にもコロナ禍という状況によってあらためて証明されることになった。
そうやって私たちを励ましてくれたサラが、母親として家族のために作ったアルバム。もう、想像しただけで最高でないはずがないではありませんか。ミシュラン級のシェフが自分の家族の記念日に心こめて作った料理をふるまってくれるようなものに違いない。と、今年はじめにアルバムの発売がアナウンスされ、最初のリード・トラックとして「Pure Imagination」のMVがYouTubeで公開された時から思っていた。
アルバムの1曲目を飾る「Pure Imagination(邦題: 夢のチョコレート工場)」は、映画『夢のチョコレート工場』(1971年)劇中歌のカヴァーで、後にジョニー・デップ主演のリメイク版でも使われた美しいバラードだ。アニメーション映画の一場面のような映像も美しい。ちなみに今作からのMVは、現時点ではすべてこのアート・ワークで統一されている。
この1曲だけで、たぶん今年のマイ・ベスト・アルバムになるだろうなーと思った。さすがサラ・ワトキンス。としか言いようがない。完璧。おやすみ前に読み聞かせる絵本のようなカヴァーだ。楽しい絵本は子供たちのものだが、そのかたわらで読み聞かせている大人たちの心も穏やかにしてくれる。美しいストリングスを配した、まるでミュージカル映画の始まりを告げるようなゴージャスなアレンジ。けっして今どきのお子様向け音楽ではない。けれど、クラシカルでドラマティックな、ある意味ちょっぴり大袈裟なイントロダクションは、いかにも夢と冒険にあふれたミュージカル映画の始まりのようで、いつの時代の子供たちもワクワクさせるだろう。
この曲に限らず、本作でもっとも印象的なのは彼女のヴォーカル。サラの歌声は、いつもとは少し違う。優しさ7割増。ここのところ、彼女の配信ライヴを見る機会が多かったので最近の声をよく聴いていて。それだけに、よけいに思うのかもしれないけれど。発声からして意識的に変えているのか、あるいは母親モードになると自然とこういう声になるのか。ぎゅっと抱きしめるような、ふわっと包みこむような優しさがたまらない。我が子を慈しむ優しい表情が浮かんでくるようなメルティング・ヴォイスに、オトナもとろけます。
「Night Singing」はサラの書いたオリジナル曲だが、最近の彼女が映画音楽をカヴァーしたらこうなる…みたいな雰囲気。収録曲のうち、短いインタールード的なタイトル曲と「Night Singing」の2曲がサラのオリジナル。それ以外はすべてカヴァー曲となる。
「夢のチョコレート工場」をはじめ『ピーター・パン』(1953年)の「右から二番目の星」、『わんわん物語』(1955年)の「ラ・ラ・ルー」、『メリー・ポピンズ』(1964年)の「ステイ・アウェイク」、『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)の「エーデルワイス」、そして「ムーン・リヴァー」や「星に願いを」まで入れると、ほとんどの曲がクラシック映画やミュージカルの主題歌や劇中歌。テーマや作り方としては"子供のためのアルバム"。かなりディズニー度の高い感じとかは、たしかに子供向けという意識かもしれない。でも、実質的には、アメリカーナ〜フォーク・アプローチによるグレイト・アメリカン・ソングブックだ。
選曲の基準として、彼女の言葉を借りると"昼から夜へと変わる時の心やすらぐ曲"を集めていったという。喧騒から夢の世界へ、あるいは混沌から安らぎへと誘い、家の中を喜びと安らぎで満たしてくれるようなアルバムが作りたかったそう。
最終的に選ばれたのは、時代を超えるスタンダード・ソングばかり。実際、その多くは、サラ自身も子供時代に聴いていた曲なのだという。そして自分が親になった今、振り返ってみると、その昔、イマジネーションをふくらませてそれらの曲を聞いた時の自分にはいつもマジックが起きていたことを思い出したという。その"マジック"を子供たちにも伝えたい…という思いは、たしかに作品全体から伝わってくる。
子供に聴かせるための曲を探して時代をさかのぼってゆく中で、子供時代の自分に再会する。その作業は、彼女自身にとって、現在の自分を育んだおおいなる想像力の源を見つめ直す旅でもあったのかもしれない。
本人の意図はわからないが、選曲やサウンドのコンセプト、そして何よりニルソンの「Blanket for a Sail」(77年のアルバム『クニルソン』収録)が選曲されていることから想像するに、このアルバムはニルソンの名盤『夜のシュミルソン』(1973年)を意識している…と思わずにはいられない。
プロデュースはタイラー・チェスター。サラとでチェスターとでほとんどの楽器を手がけている。1曲1曲それぞれに趣向がこらされていて、サラがさまざまなスタイルで多重コーラスを入れたりと細かいところも凝っているのだけれど、無駄な音はいっさい入っていない。それでいてゴージャスでもある。子供向け作品といいながらも、アコースティック・ベースをフィーチャーして淡々と歌われる「ムーン・リヴァー」や、レスポール・スタイルのジャズ・ギターが優雅なハープのようなフレーズも奏でる「星に願いを」などでは、年齢を重ねたサラのジャジーな一面も聴くことができたりして興味深い。
オールド・アメリカンなアコースティック楽器のノスタルジックな響きと、映画音楽やミュージカル風の格調高いアレンジの融合。あるいは、カントリーとジャズのさりげない交錯。そういうのはもともとサラらしい志向ではあるのだが、その、いろんなものの混じり具合も『夜のシュミルソン』度を高めている。
『夜のシュミルソン』というのは、長年、多くのミュージシャンに憧れられ、そのあとを追われ続けてきた究極のカヴァー・アルバムだが、あの世界を真似することは不可能だ。と思う。作品自体の出来の良し悪しとは関係なく、"シュミルソン感"は理屈では解き明かせない魔法みたいなものだから。
しかし、このアルバムに関しては、間違いなく何らかの"シュミルソン感"がある。アメリカの映画音楽やトラッド中心のアルバムなのに、最後はビートルズの「グッド・ナイト」で締めるあたりも、ちょっと”シュミルソン感”あるのでは?いや、単に"ニルソン感”なのかな。特に、あえて「グッド・ナイト」を選ぶひとひねりが好き。ひとひねりといえば、ニルソンの曲も「うわさの男」とかではなく「Blanket for a Sail」を選ぶあたりが本当に最高すぎる。
というわけで、少なくとも、私の中の"シュミルソン感"にかなり共鳴するアルバムだった。ということだけは今、ここに書き留めておきたい。
そして。このアルバムで特筆すべきことがもうひとつある。サラ・ワトキンスの人生にかかわるもっとも重要なふたつのバンドをそれぞれフィーチャーした2曲が収録されているのだ。その点では、現在はソロ活動がメインとなっているサラの、バンドとしてのスタンスも並列で紹介するような一面もある作品だ。
まず、ニッケル・クリーク。2月末にも久々の再結成ライヴを配信でおこなったが、レコーディング音源としては再結成アルバム『A Dotted Line』(2014年)以来。曲は、古くからジーン・オートリーらにも歌われてきたウエスタン・ナンバー「Blue Shadows on the trail」。
だが、サラが愛聴していたのは、1986年の映画『サボテン・ブラザーズ(原題: Three Amigos)』でのヴァージョンだという。なぜなら、ニッケル・クリークが天才子役バンドとして活躍していた若き時代、よく3人で『サボテン・ブラザーズ』を見ていたらしい。想像すると、めちゃかわいい図だ。そういえばクリス・シーリーも、このテの80年代コメディ映画にやたら詳しいし。彼らにとっては、ツアーに明け暮れる日々の中で見た"ちょっと古いコメディ映画"というのも大事なルーツのひとつなのかも。
もうひとつのバンドは、言うまでもない。イーファ・オドノヴァン、サラ・ジャロウズとのアコースティック・コーラス・トリオ、I'M WITH HERだ。カヴァー曲のセンスの抜群さは今さら言うまでもなく、そのプレイだけでなく選曲の意外性や、その原曲をちょっとひとひねりするアレンジのアイディアも含めておおいに楽しませてくれる。まさに三本の矢と言いますか、本当に無敵の3人。その彼女たちが本アルバムのために選んだのは、1935年にボブ・ノーランにより書かれ、ロイ・ロジャースのサンズ・オブ・パイオニアズが有名にした「Tumbling Tumbleweeds」。
ああ。もうやばいっす。ヴォイシングだけでなく音像までもが完璧に計算されたコーラスワーク。歌とコーラスとのコール&レスポンス。語りかけるようなサラのフィドル・ソロも、たまらなく魅力的。やっぱり、この3人でしか生まれないマジックがある。スペシャル感がすごい。
そういえばニッケル・クリークは先日の配信ライヴのついで(?)に久々のソングライティング・セッションをおこなったと話していた。新作を出す具体的な予定はまだないようだけど、近い将来きっとまた出してくれることだろう。I'M WITH HERも、このコロナ禍で時おり3人揃って(リモート・セッションだけど)変わらぬハーモニーを聴かせてくれたので、きっとまた新作の相談などもしているのでは…と期待。
アルバムの終盤ハイライトともいえる「You’ll Never Walk Alone」は、現在ではサッカーのアンセムとしてもおなじみだが、そういえばもともとはロジャース&ハマースタインのミュージカル『回転木馬』(1945)の劇中歌。そして昨年は、イギリスが発祥となり、コロナと闘う医療従事者、関係者に感謝と激励を送るテーマ・ソングとしても世界中に広まった。この先、この曲は2020年からのコロナ禍を思い出す時に浮かんでくる曲のひとつになるだろう。
アルバム自体は懐かしくもあり、新鮮でもあり、時代や流行に関係なくずっと聴かれ続けるであろうタイムレスな音楽性に貫かれているが、この曲のように、今、この時代ならではの明確なメッセージを放つ選曲もなされ、興味深い。
時代性といえばスティーヴン・フォスターの「Beautiful Dreamer」という曲にもまた、そんなトピカルな一面があるのかもしれない。幼少期に親に連れられてアメリカへやってきた不法移民の子供たちは、未来に夢を抱く"ドリーマー"と呼ばれている。トランプ政権以降、日本でもニュースを見ているとドリーマーという言葉をよく耳にするようになった。そんな若者たちへの思いや、パンデミックだけではなく多くの問題を抱えたアメリカの不安と混乱の時代に、アメリカ人の心の故郷のような曲を重ね合わせる。そこに、サラの祈りと願いを見る。
全曲すべて名演の傑作アルバム。
でも、この中でベスト・トラックをあげろと言われたら、私は迷わず4曲目の「エーデルワイス」をあげる。この曲では、途中からサラの愛息サムくんが登場するのだ。囁きまじりの優しいお母さんの歌声につられるように、まだちゃんと歌えないのに真似してむにゅむにゅしているようなカタコトの声が本当に本当に愛しくて、可愛くて、胸を締め付けられる。癒される。
このアルバムの素晴らしさを語り始めたら何文字でも語れるし、事実、もう5000字くらい書いてしまいましたが。実は、このサムくんの愛らしい声が聴けるわずかな一瞬だけで、アルバム全体の魅力も、サラ・ワトキンスがこの作品を作ろうと決めた思いというのも十二分に伝わるんじゃないかと思うのです。
というわけで、結論として"子供のためのアルバム"であると同時に、子供だったことがある人すべてにおすすめしたいアルバム。子供の頃、夜、寝る前にお母さんに絵本を読んでもらった時の幸福感や、ぎゅっと抱きしめてもらった時に感じた安心感はもう二度と経験できないけれど。あの感覚を思い出すことは、何歳になっても自分の心を落ち着かせてくれるのではないだろうか。聴くたびに冒険に出かけるようなわくわく気分になって、自分の心にマジックを呼びこんでくれた音楽は、いい大人になった自分にもまだまだ有効だ。とりわけ今の時代、私たちの生活を日々おびやかしている不安は、年齢を重ねたって、どんなエライ人になったって、忠実な部下が1000人いたとしても、愛人1万人いたとしても、誰も解決してくれないし、答えもわからないし、出口も見えない。そんな時は、子供の頃に感じた"マジック”を思い出させてくれるような音楽が何よりの味方になってくれるはず…と、昨年からずっとそんなことを考えている。
このアルバム、もちろん、じっくり聴くのも最高だけど。私の場合、寝落ち用ヘビロテ・アルバムでもあります。聴きながら寝落ちすると、本当に気持ちいいんです。よく眠れるんです。このアルバム、曲間ほぼなしなのですが、それもなにげに寝る時にばっちり。おすすめです。
ちなみに、サラ・ワトキンス本人はインスタグラムで、サンセット・タイムにグラス一杯のシャブリを楽しみながら聴くのがおすすめ…と書いていた。
いやー、それはまた、想像しただけで最高ですな。明日、晴れたら試してみよう。
おつかれ、じぶん!\(^^)/
みたいな感じで。
↓▼↓ご注意↓▼↓
なお、米国での発売日と同様に日本でも3月26日に輸入盤発売という話だったが、さっきタワレコのサイトを見たら日本流通仕様盤の発売は6月下旬から7月となっていた。そして、いちおご参考までに下記アマゾンのリンクを貼っておきますが、なんと、本稿執筆時点ではアマゾンでのCD発売予定日は2050年になっている(笑)。いずれにしてもフィジカルの発売は少し遅れているみたいなので、お買い上げの際はアマゾンやタワレコやユニオンのサイトをいろいろチェックしてみてください。ちなみに私はアナログ+サーモマグが海を渡っているところ…のはずだが、ここのところパンデミックの影響で日米間の郵便もけっこう遅延があるようなので気長に待ちます。※サブスクではもう聴けますよ。
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