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かわえうた

スピリットというか、生きた証というか。それは“大切な人がいるからこそ”生まれる気持ちなんですよね minako kawae

「母」、そして「送り火~迎え火」 

okuribi

谷代悠さんが
「送り火~迎え火」を唄ったのは
もう2年前、2017年の9月30日">2017年の9月30日のこと
その日の自分のライブ・メモをみて
「何で『迎え火~送り火』ではないのか確認すること」
って書いてあって
わざわざ赤でアンダーラインが引いてあるのに
結局、確認していない・・・。
それは、家に帰ってきてから気が付いたことだし
ブログにアップした後は、どうでも良くなったのかも知れない。

でも、
今日、「送り火」をしたあと
書いたことを読み返してみたら
悠さんのことを考え
あの時と同じようなことをまた思って

「あ、きっと送った後に作った曲だからだ」
と、勝手に納得(本人に確認は出来てないけど・・・)
そして、その前月のライブ(お盆直後)に
僕は参加できてなくて
その日は以下のようなセット

■2017年8月27日(不参加)
1.遺伝子
2.ウヰスキー
3.本能
4.17:59
5.母
6.マグマ


そっか
9月30日は
「母」と「送り火~迎え火」が
入れ替わっただけ・・・

■2017年9月30日
1.遺伝子
2.ウヰスキー
3.本能
4.17:59
5.送り火
6.迎え火
7.マグマ






以下「0930 谷代悠 ライブ@天神プレアデス」より

mukaebi

5.送り火
6.迎え火
ライブしながら、自分は歌うこともそうだけど、
それ以上に表現することが好きなんだって気づいた。
今更なことに気づいた。
もっといろんな人に生きてる姿で歌ってるものを聞いてほしい
って初めて思った。なんか奇妙な感覚。
(谷代悠 from twitter)

ハルさんのうたは、作った時は多分歌詞もあって、
一番・二番とかサビとかあって、コード表や楽譜もあるんだろな。
最近の楽曲であることは内容からも解るけれど、
その後の自分の中での熟(こな)し方が天才的で、
ステージで歌詞を見ることはもちろんないけど、
作った歌詞を唄いながら変えてるんじゃないか?
書かれた通り唄ってないんじゃないかな?
と感じる時が多々あって、
もちろんそれは歌詞を間違えてるってことではなく、
即興ということでもなく。やっぱ熟しているとしか思えず。
ハルさんの中に現れて「楽曲」となったものが、
ステージで声に出してギターの音と一緒に届いてくるときには
既に字面は無くなっている印象。
「心の叫び」だとか「熱い思いが声になる」とか
言い古された感情過多な表現ではなく、
出来た楽曲と向き合いステージで唄い終わるまでの短時間に
無駄が削ぎ落され、さらに研ぎ澄まされて、
聴き手(観客)に届くときには、その様々な心の状態や状況に応じて、
その時必要とされる思いが唄声になりパフォーマンスとして届いてくる感じ。
だから、唄ってるときは結構厳しくしんどそうな表情だったり、
しかめっ面だったりするけど、
そこに唄も含めた演奏と「口から出てくる音」が重なると、
聴いてる方は(たぶんハルさんも)ものすごく楽しい。


0815sky




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