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かわえうた

スピリットというか、生きた証というか。それは“大切な人がいるからこそ”生まれる気持ちなんですよね minako kawae

この世界の片隅に君の名は。 

konosekai

昨年観た「君の名は。」
今日見てきた「この世界の片隅に」
何かと並んであちこちに書かれることが多い2作品
ハッキリ言って全くの別物でした。

最近は映画も毎週行くようなことはなくなったし
アカデミー賞やキネ旬に名前が出てくる映画でも
観てない映画が増えてきているので
ブツクサ言えるほどの僕ではありませんが
でもあえていうと・・・

アニメーションっていうのは
「フィルム」「ビデオ」「TVカメラ」「デジカメ」などと並ぶ
映像表現の一素材だと思っている僕からすると
「君の名は。」は脚本をアニメーション化したマンガ
「この世界の片隅に」はマンガをアニメーションで映画化したもの
・・・でした。

観た後の素直なウソ偽りない反応としては
「君の名は。」には涙することはなく感動もしなかったけど
観た後の爽快感とスッキリ感は
ジェットコースター・ムービーで味わった感覚に似てて
「この世界の片隅で」は映画の世界からなかなか抜け出せず
映画館を出て、本屋に行ったり、CDショップに行ったり
いろいろしているうちに、涙が止まらなくなりました。

小津安二郎が吉田喜重に話した有名な言葉に
「映画はドラマだ、アクシデントではない」という
映画演出の有名な提言があるけど
「この世界の片隅に」には、ストーリーらしいストーリーはなく
歴史に沿った時代の流れ(ストーリー)のなかで
主人公が生きていくだけ。
でも、その映像や編集、きめ細かい演出が
観客の心の中にドラマを浮かび上がらせてゆく。

「君の名は。」が
スマホの照明や、パソコン、日本の風習などを
分かりやすくピックアップしながら、主人公を自由自在に動かし
マンガ的世界の感動を組み立ててゆく、
美しく楽しい絵の演出であるのに比べ
「この世界の片隅に」には、
知らない人は気づかないし提示もされてない演出
エキストラの動かし方、照明の方向や編集スピード
主人公の歩き方や、叫び声で
知らないうちに観客を映像に引き込んでいく中に
映画好きを唸らせる古典テクニックも、たくさん散りばめられていて
その仕掛けでドラマを創っていく見事な映画的演出

あえて僕の映画少年時代の記憶で比較するなら
「君の名は。」は
2作目以降ではなく「スターウォーズ」の1作目を観た時の感覚
「この世界の片隅で」は
「イージー・ライダー」を観た後の感覚にソックリでした。

いずれ近いうちに、
「君の名は。」のような作品が
一人前の映画作品として、誰にも認められる時代が来るだろうし
「この世界の片隅で」のような作品の中の
素晴らしい映画演出が忘れ去られてゆくこともあるかも知れない
でも、ちゃんと日本映画は日本らしくすべてを吸収し、
世界に堂々と日本映画としての作品を届けてほしい。

そんな期待が持てる2作品でした。



でも1点ずつ文句を言うなら・・・

「君の名は。」
最後「君の名は」っていうセリフがいかにも芝居としてイモだし
そしてタイトル・・・「君の名は。」!
っていうエンディング作りは、あまりに古すぎる・・・
そこで、泣けなかったのかもしれない。
そして、絵的には、どうしようもなく「泣き顔」が下手。

「この世界の片隅に」
こっちも映画の最後に流れる「クラウドファンディング」によって
支援された方々の名前・・・
映画館で僕の前後にいたお年寄りのご夫婦は、意味が解らず
「原爆で亡くなった方々だね・・・いっぱいいるね」
「いやこんなに少なくはない、呉市だけでしょ」
って言ってたし。
ご主人は、「学校の道徳教育の時間に観るといい」
「今の小学生や中学生がみるといい」などと
演出に気づかず、的外れなことを話されていたので
あまりに全国拡大公開することは、映画としては逆効果かも?
と思いました。

シネコンにも問題はありますね
映画を無性格にするし、映画はもっと観客を選んでいいと思う
そして個人的には、あのあまりに小さすぎるスクリーン。
間違いなく映像(特に撮影部・照明部)の低質悪化を招いてるし
上映直前まで観客を入れないシステムは
観客が観に行くというより、観に行かされる雰囲気で
撮影所の試写室を思い出させて、少々胃に悪いです・・・。







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