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かわえうた

ここぞ!という時には潔く去れるような、そういう人間になりたいと、常に思っています  minako kawae

「聲」の成り立ち物語 

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「声」という漢字の古い字体(「聲」)を、上下に分けてひもときます。
上の左側は「声」、そして右側を「殳(るまた)」と呼びます。
「声」と「殳」は、石で出来た楽器をつるして打ち鳴らす様子を描いたもの。
その下に添えた「耳」は、その音が耳に届いている、ということを示します。
そこから「声」という字は「おと、ひびき」という意味をもつようになりました。
さらに、人の発する「こえ」や「ことば」、
人の耳に入る「うわさ」や「ほまれ」といった意味にも使われるようになったのです。

結束を何よりも重んじる、閉じられた小さな社会。
騒々しさや煩わしさに疲れたいにしえの人は、
ひとり、早朝の森へと分け入って行きます。
お気に入りの場所に腰を下ろし、心を落ち着けて耳をすますひととき。
水しぶきをたてる川魚、ゆれる木々の葉、鳥たちのさえずり。
自然が奏でるさまざまな声が、
いにしえのその人の内なる声を呼び覚まし、ゆっくりと呼応し始めます。
春風にのって、子どもたちの歌声がどこかから運ばれてきました。
声とは、いのちそのもの、生きている証。
自分の想いを声に出して、誰かにそっと、伝えてみよう。
いにしえのその人は、ふたたび歩き出す情熱を、声の力で取り戻すのでした。

ではここで、もう一度「声」という字を感じてみてください。

身振りや手振りを使い、声を出し、言葉にすること。
いにしえの人々にとってのコミュニケーションとは、
互いの肉体を使って交わされるものでした。
遠く離れた人と意思疎通をはかる方法もまた、
太鼓を叩いたり、火をおこして狼煙をあげたり、
からだ全体を動かす作業を伴うものだったのです。


――声になった言葉は脳と同時にからだ全体に働きかける。

詩人の谷川俊太郎氏は、こう語っています。
肉声が運ぶ想いは鼓膜をふるわせ、肌からしみこんでゆきます。
それはいつまでも消えることのない、ずっと持ち歩くことのできる宝物。
心をのせ、からだを使って奏でられたその声を、あなたは誰に届けますか?


漢字は、三千年以上前の人々からのメッセージ。
その想いを受けとって、感じてみたら……、
ほら、今日一日が違って見えるはず。

*参考文献
『常用字解(第二版)』(白川静/平凡社)
『声の力 ――歌・語り・子ども――』(河合隼雄、阪田寛夫、谷川俊太郎、池田直樹/岩波書店)

「感じて、漢字の世界」 より




<2012年3月9日「Birthday Special Live ~夜想フ会~聲(こえ)~」より>

20160326

生前、父はすごく厳しいひとで
私はその父の性質を引き継いで毒舌になったのかな?と思うんですけど
私の100倍ぐらい毒舌の人でした
そんな父がだんだん優しくなっていって
「お前に歌なんか唄える訳がない!」と言っていた父が
だんだんと応援してくれるようになって、そして最後のほうは
「お前、もう歌のネタが尽きただろう」ってよく言われ
「そろそろ、パパの曲を書いたら?」と、会うたびによく言われました。

元気なうちは、そういう歌を贈ることが出来なかったのですが
今日ここで「聲」という曲を父に向けて
そしてみなさんの大切なひとに向けて、お届けしたいと思います。

                              川江美奈子




空耳みたいに あなたを探す
春先のベランダは 雲ひとつない
目を閉じ 会いたい誰かを想う
その意味を ほんとは知らずにいたのです

あ~その聲を
いつまでも手の届く場所にあるのだと
お伽話の子供は 信じて今日まで来たのです

大きくはっきりと 話しなさいと
怒られて育った 家族の風景
だけどね こうして唄うときだけ
なぜかしら お腹から声が出るのです

あ~この聲は
どこまでも響くと思って ね、いいでしょう
毎日は あなたに知らせたい出来事ばかりです

よろこびに出会うたび あなたがここにいないことが
悔しくてさみしくて 泣き笑いになるけど
この私も年をとって ここを去って
あなたに「ただいま」という日まで
大きな大きな聲で唄っていこうと思うのです



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